2021年1月9日(土) 屋島城と源平合戦
リーダー:T下
Inu(SL)、M田タ、M田ア、M高、K原、一般(T島) 計 7名
≪行動≫
屋島レグザムフィールド8:30/8:38—大宮八幡宮8:45/8:50・・・遍路道経由・屋島寺9:48・・・屋島城10:15/10:22・・・屋島ロープウェイ経由・・・赤牛埼・・・相引川・・・大宮八幡宮11:40—うどんキリン11:50/12:20—ベーカリーマツトモ12:30/12:40—安徳天皇社—菊王丸の墓—マルナカ八栗店駐車場12:55/13:00・・・源平合戦の地散策・・・マルナカ八栗店駐車場14:40/14:42—ギャラリーまぶい・反省会14:50/15:35—大宮八幡宮15:40解散
≪報告≫
8時30分屋島レグザムフィールドに集合しましたが、前日に庇が落下する事故が発生し急遽原因究明調査のため閉鎖となり駐車場が使えなくなっていました。しかし、競技場から代替えの駐車場を手配してくれて、近くの大宮八幡宮境内に駐車することができました。
屋島の大宮八幡宮
予定より少し遅れて出発。寒くて風の強い中、屋島寺を目指す。
遍路道の途中に、弘法大師が呪文を読み仏の加護保持を祈祷したといわれる水(加持)。岩肌から染み出した水が凍り、ツララになっている所が数か所あり、自然が作り出す美に見とれ、寒い中しばし佇む。
加持水
石清水が凍る
お遍路道
畳石
9:48屋島寺に到着。広い境内には、参拝する人もまばらで、ゆっくり歩かせていただき、龍の口から流れる水がすべて凍り太い氷柱となっていて、山の上の寒さに驚きました。
第84番屋島寺
境内を通り抜け、閑散とした土産物店の横を通り、10分ほど歩くと五剣山が見えてきました。
血の池
牟礼町方面
庵治町方面
それを左手に眺めながら周回道を行くと、7世紀後半に造られた古代朝鮮式山城の屋島城(やしまのき)の城門に到着。ここでもT下さんが説明して下さるのですが、気温が低いうえ強風で非常に寒いため早々に引き上げ下山道へ。
屋島ケーブルの廃屋があるのは知っていましたが、まさかそのケーブルカーの線路道を真っすぐに下っていくとは誰しも思っていなかった(よく見れば下山コースは真っすぐなっていた)ので、ビックリしたり面白がったり、しかし緊張しながら下りました。途中トンネル内は相当暗く薄気味悪いし、加えて強風が通り抜ける等、歩行に難儀しました。
屋島レグザムフィールド
11時08分ケーブルカーの下の駅に到着。駅にはケーブルカーが1台記念品のように放置されていました。
一般道を歩きながら、源平合戦に由来した赤牛埼(あかばざき)と相引川の説明を聞きました。大宮八幡宮の駐車場に帰り、車2台に分乗して楽しい昼食「うどんキリン」に行きました。香川のうどんを表す“うまい・安い・早い”そのもののお店でした。
ベーカリーマツトモでパンを買ったあと、平家の本陣であった安徳天皇社と菊王丸の墓に立ち寄ってから、牟礼のマルナカ八栗店に車を駐車しました。
ベーカリーマツモト(屋島東町)
安徳天皇社
菊王丸の墓
牟礼の石あかりロード
願わくば扇の真中に射させ給え祈り岩
ここから源平合戦古戦場「散策」となっていましたが、これがなかなか・・・寒風吹きすさぶ中を、いろいろ勉強になったのですが、私には苦行に近いものでした。洲崎寺の境内の枯山水の庭は「洲崎寺源平の庭」と名付けられていて、合戦場が一目で見渡せるように作られているのは初めて見ましたし感心しました。
洲崎寺源平の庭
須崎寺の手水鉢が凍る
義経の弓流し
菜切地蔵堂
義経の身代りとなって死んでしまった佐藤継信の墓
安徳天皇を守るため平氏が建てた総門
14時40分牟礼源平石あかりロードを歩いて帰り車に乗る。喫茶「まぶい」に移動して反省会。素敵な店で長居してしまいました。最後に車を止めていた大宮八幡宮駐車場に戻り解散となりました。
沢山の資料を用意して下さったT下さんに感謝申し上げます。 記:M高